21世紀を迎え、鉱山・鉱業にもいろいろと出来事があると思いますが、
輝かしい年になりますよう、お祈りします。
本年もどうぞよろしくお願いします。
このページには、根羽沢金山(群馬県)についての記載が見当たりませんが、昔尾瀬のあたりに根羽沢という金山があったようです。(地図帳にかいてありました。)
串木野金山が今休山しているとのことですが本当ですか。
1993年ぐらいのときに出版された「よみがえる黄金の国ジパング」という本では、近年になって日本国内で菱刈金山を始めとして金鉱脈が次々と見つかっており、まさに現代の日本のゴールドラッシュといえる、てなことが書いてありました。その中で山形県と福島県との県境である大峠というところから、金銀含有率の高い鉱脈が発見されたとかいてありましたが、そこの鉱山はまさかまだ開山していないですよねえ?
まささま
白金属元素の鉱床では、地域によって元素の比率が違ってきます。パラジウムが多いのはロシアの鉱床で、南アフリカの鉱床はプラチナが一番多くて次がパラジウムだったと思います。
日本でも、北海道で明治の頃から、万年筆のペン先用として、イリドスミンが採掘されました。名前からわかるとおり、イリジウムとオスミウムを含みます。鉱物学的には、イリジウムが多いので、「自然イリジウム」となります。プラチナも、確か1割くらい含まれるそうです。日本では、白金属元素を含む蛇紋岩などが風化してできた砂の中の「砂白金」(白金(プラチナ)を多く含むわけではないので、括弧をつけました)を採掘しました。そのため、ほとんど掘り尽くしています。岩の中にこれらの白金属の鉱物が含まれているものは、一つしか見つかっていません。上記二つの外国の鉱床は、白金属を含む岩を採掘しているので、鉱床の規模が大きいです。日本と似たような「砂白金」は、タスマニアでも採掘されたことがあり、こちらはイリジウムよりオスミウムが多く含まれているそうです。
日本国内に今パラジウム鉱山ってあるんですか。
帝国石油(株)の発表によれば、磐城沖で天然ガスの試掘を行ったところ、試掘井4号からは天然ガスは得られませんでしたが、試掘井5号からは日産約100万Nm3の天然ガスの産出を確認したとのことです。ここには現在も作動中の磐城沖ガス田がすでに存在し、この地区第二のガス田となることが期待されます。ただ、磐城沖ガス田の産出天然ガスは、すべて東京電力(株)の広野発電所に発電用に供給しており、この第二のガス田もおそらく広野発電所の発電用のためだけに使われることになるでしょう。
日本の金属鉱山ページ管理者です。
鉱山史に関心をもち、現在稼行中の鉱山を見学したい気持ちは良くわかります。
先様のご理解が得られ、見学許可を頂けることをお祈りします。
しかし、私企業の所在地や電話番号を、掲示板で公開することは先様にどのようなご迷惑をかけるかわからず、本ページとして責任が取れません。
情報提供していただける方がおられたとしても、掲示板では公開しないようお願いします。
また、情報の開示を求める方の礼儀として、自己紹介(例えば 学生で近代産業史を専攻している、など)を開示するようにしたいものです。
私は現代鉱山史について興味のあるものですが、光竜鉱山を見学させてもらいたいと思ってます。そこで運営会社の野田玉川鉱発鰍ノ連絡をとりたいのですが、誰か所在地を教えてください。
現在、稼行しているのは野田玉川鉱発です。
その前は合同資源産業です。
光竜鉱山の運営会社についてご存知の方教えてください。
中村さま
入手できてよかったですね。標題のとおり、私は両鉱山ともいったことがあります。今は、どちらも深い笹薮の中です。私は、「日本鉱床総覧」という本で場所を見つけて行きました。いくばくかの、銀鉱石がとれました。
【北海道金鉱山史研究】入手しました。情報のご提供ありがとうございました。
私は地学については全くの素人なのですが、北海道はオホ−ツク紋別の生まれで、
小学校の同級生に鴻の舞出身が多数いましたので。ガキの頃は、なんでこんなに
いっぱい転校生が来るんだ?と思ってましたが、今思えば納得ですね。
この文献、かなり客観的に正確に(多分)書かれた内容で驚きです。
付録の参考文献も全読破したいと思ってますが、例えば鴻の舞、沼の上に
限定した内容であれば、紋別市の図書館にあるんですかね?
まあ、金山に限らず、鉱脈の発見から始まり、閉山に至るまでの経緯は、
程度の差こそあれ、悲しい結末が待っているものですね。
下のニュース、金属鉱業事業団のHPに地図や分析値の詳細がありました。
詳しい情報は、http://snake.mmaj.go.jp/mmaj/press/prs001116.htm ご覧ください。
時事通信ニュース速報によれば、以下のとおりです。
◎秋田で黒鉱鉱床の兆候発見=金属鉱業事業団
金属鉱業事業団は16日、秋田県比内町で実施した広域地質調査で、鉛、亜鉛、金、
銀などを含有する黒鉱鉱床の兆候を発見したと発表した。今後、ボーリングや電気探査
などの本格調査を実施する。
同事業団によると、同町での地表調査で破片状の黒鉱鉱石を発見、表層の土砂を取り
除き岩盤を露出させて調べたところ、こぶし大から人頭大の鉱石が多数出てきたという
。今回発見された鉱石が火山の爆発などにより形成されたと考えると、近辺に本格的な
黒鉱鉱床の存在が期待できるとしている。
[時事通信社]
[2000-11-16-13:04]
最近このページを発見しました。
北海道に一日だけ行ってまいりましたが、リンクを拝見すると
メッカなんですね、北海道は。
奔別の竪坑は壮観でした。
持元さん、先日は有難う御座いました。
画像を送ります。
中村さま
ということです。
また、北海道に転勤したいなぁ…。
みなさま、書き込みありがとうございます。
以前「鉱山ニュース」が活発な議論の場になっていましたが、「フォーラムハウス」を設置して議論と情報提供の分離を試みました。
しかし、フォーラムハウスの方がテーマが限定されていることと、専門化して気軽に参加しづらい、などの要因(推測)で十分に活用されているとはいえない状況です。
対策を検討しました結果、「鉱山ニュース」を元どおり”気軽に話題を出せる”、”誰でも参加できる”、”知識のある人がすぐに回答を書ける”ような場として復活させようと思います。
ここにはチェアマンは居りません。議事進行は”流れ”に任せることとしますので、よろしくお願いします。
運用方法にご意見・ご希望などがありましたら、私までメールでお知らせください。
『日本の金属鉱山』ページ制作者 持元 宏
初めてカキコ致します。諸先輩方、よろしくお願い致します。
>高山博之さま
>情報提供:高山博之氏より (99年07月08日)
>
> 某WEB書店に注文していたこの本が届き読みました。北海道在住中に訪ねたことのある
>沼の上・手稲・鴻之舞の金山のことが詳しく書いてあり、なかなか興味深かったです。金
>山発見にまつわるゴタゴタ、強制労働(鉱山により、ずいぶん待遇が違ったようですが)
>、鉱害、あっけない鉱石の枯渇と、やはり鉱山には悲しい話がつきまといます。
恐れ入りますが、その沼の上、手稲、鴻之舞の記載されている書籍、お教えいただけ
ませんか?できれば発行元、書籍名等、具体的な内容を知りたいのですが。
宜しくお願い致します。
荒尾市万田の「炭鉱館」で二十三日、地元の市民や大牟田市民、長洲町民ら四十人が参加して、国の重要文化財・
史跡指定を受けた「万田坑」のファンクラブを発足させた。
市は三月に三日間、市民を対象にしたワークショップを開催。延べ四百人が参加して万田坑活用策を探った。この
際、ファンクラブ結成の声が出て、約百人が会員として登録している。
二十三日はスライドで明治―大正―昭和―平成にまたがる万田坑の歴史を学んだあと、クラブの正式名称を「三井
三池炭鉱万田坑ファン倶楽部(くらぶ)」と決めた。また、草刈りなどの整備、万田坑のPR啓発、イベントの三つのグループを組織して活
動していくことも決めた。
会員を募集しており、問い合わせは市社会教育課内の万田坑ファン倶楽部事務局(0968・63・1111内線
414)へ。
(西部読売の記事より)
<地域のニュース 午前 − 7> 2000(平成12)年7月25日(火)
万田坑活用法探ろう ファン倶楽部旗揚げ 荒尾市
国の重要文化財と史跡の二重指定を受けた荒尾市の三井三池炭鉱万田坑に関心を持つ市民らが二十三日、同市原
万田の万田炭鉱館でファンクラブを結成した。
荒尾市教委が市民と一緒に同坑の活用方法を探ろうと呼び掛けた。
結成式には同市や大牟田市、玉名郡長洲町などから約四十人が参加。「万田坑を大切にし、その魅力を広く伝え育
てていくこと」という唯一の規約を承認し、クラブの正式名称を「三井三池炭鉱万田坑ファン倶楽部」と決めた。
「万田坑タイムカプセルを実現しよう!」をテーマにワークショップも開催。今後一年間の活動についてアイデア
を出し合い、同坑の清掃や草刈り、会のPRに取り組むなど「2000年活動計画」を検討した。
大正、昭和期のスライド写真約四十枚を見ながら同坑の歴史を学習。「平成九年三月の閉山時の状態で保存し、市
民が積極的に活用できるフィールドミュージアムを目指す」という市の保存整備に関する基本方針の説明もあった。
【写真】今後1年間の活動についてアイデアを出し合う会員たち=荒尾市
(熊本日日の記事より)
鉱業関連新聞情報 2000年 5月 23日 金属鉱業事業団資源情報センター
によれば、以下の通りです。
鉄鋼新聞 6 頁
住友金属鉱山(社長・福島孝一氏)は19日、菱刈鉱山(鹿児島県伊佐郡菱刈町)の山田
鉱床南部(黄金沢=こがねざわ)で新たな金鉱脈三本を確認したと発表した。金品位は
トン当たり25〜55グラムで、同社では鉱脈の性状、金品位から山田鉱床に類似した鉱
床とみている。菱刈鉱山の可採鉱量は今年3月末時点で460万トンとなっているが、今
回の新鉱脈確認によりさらに増加することは間違いない。なお、新鉱脈確認は約8年
ぶり。
朝日新聞のサイトによれば、
菱刈鉱山で「新たな金の鉱脈群を確認し」、
「10番目の鉱脈群として開発されることが期待さ
れる」と(住友金属鉱山が)話している。
とのことです。
詳しい情報は、http://www.asahi.com/0519/news/business19015.html ご覧ください。
中外鉱業が、伊豆で金鉱開発を行うことを計画しているとのことです。
詳しい情報は、http://www.chugaikogyo.co.jp/ ご覧ください。
鉱業関連新聞情報 2000年 3月 13日 金属鉱業事業団資源情報センター
によれば、以下の通りです。
菱刈鉱山 累計産金量103トンを達成 国内金鉱山の記録更新中 鉄鋼新聞 6 頁
わが国最大の金鉱山である住友金属鉱山の菱刈鉱山(鹿児島県伊佐郡菱刈町)は
昨年末時点で累計産金量が103トンを達成し、わが国金鉱山の最高生産記録を更新中
。同鉱山はいまも探鉱活動を続けており、今後20年間の埋蔵金量を現時点でも確保し
ている。2000年度の金生産量は今年度実績(見込み)横ばいの8トンを計画。
西部読売の記事です。
大牟田市は、一九九七年三月の三池炭鉱閉山ごろまで使用された国産第一号の電気機
関車など、炭鉱電車四両の補修を始めた。市が所有するこの車両には、国内に現存す
る電気機関車の中で最古とされるものもあるが、色落ちがひどくさび付いている。現
在は部品盗難や破損を避けるため、三井化学の敷地内にあるが、市は色を塗り替える
などした後、公開する方針だ。
同市教委によると、炭鉱では一般鉄道よりも早い時期から電車が使われ始め、中で
も三池炭鉱は最も早かった。最初に導入されたのが、一九〇八年(明治四十一)から
八二年まで使用された米国ゼネラル・エレクトリック社製。鋳物でつくられた頑丈な
車体はL字形をしており、「ガメ(亀)」と呼ばれた。これよりも古い電気機関車は
国内には残っていないという。
その他、同市は一九一一年(明治四十四)のドイツのジーメンス社製など三両を所
有している。いずれも閉山後の九七年九月、市が三井石炭鉱業から譲り受け、その後
、学術調査が続いていた。
補修作業は一五年(大正四)に三菱造船で造られた国産第一号の電気機関車から始
まった。三月末までにすべての補修を終え、その後、公開方法を詰める。同市教委は
「日本の電気機関車の歴史、電気技術や炭鉱の発達史を知る上で重要な産業遺産。多
くの人に見てもらえる方法を考えたい」としている。
明延鉱山の歴史を写真と遺物でしのぶミニ博物館が大屋町明延に開館した。「ちょ
っと夢加誌(むかし)―記憶の小部屋」。一昔前の歴史に夢を加えて記す、館名にそ
んな思いを込めた。元鉱山マンで明延とともに歩んできた男性が収集した物品を展示
。かつての仲間と気軽に語らい、新しい友人との出会いの場にしたいと、夢を膨らま
せている。
同町明延、田村新一郎さん(75)。一九四一年から五二年まで兵役期間を除き同
鉱山に勤め、退職後は電器店を経営。区長、旧有限会社明延振興の理事長として、あ
けのべ自然学校の運営に尽力した。
鉱山の町として栄えた明延は、最盛期の五五年には人口五千人を数えた。小中学校
や病院、映画館まであり、「神戸より早く東京の流行が伝わる」とさえ言われた。六
五年ごろから合理化が始まり人口が減少、八七年の閉山でまちは寂れた。
「ちょっと夢加誌」は、電器店の一部を改装し、仲間内のサロンとして使っていた
部屋を再利用。撮影したり収集した大正から閉山までの坑内作業や明神一円電車、人
々の暮らしぶりの写真七十点や、鉱山で使われていた保安帽や靴、一円電車のハンド
ルや待合所の看板、スズ、銅、亜鉛の鉱石などの遺物を展示。
田村さんが独自調査し、まとめた鉱山の沿革史やまちの出来事のパンフ、商店の一
覧表、歴代所長の名簿などの書籍も置き、自由に閲覧できる。映画館で演芸場だった
協和会館の出演者には、市川団十郎や田端義夫、島倉千代子らの名があり、明延のか
つての栄華をしのばせる。
田村さんは「地元の人の間でも明延鉱山の記憶が薄れている。営々と築かれた先人
の営みを後世にきっちり残したい」と話している。また、にぎわっていたころの明延
の住宅地図づくりに取り組んでおり、「かつての仲間が集まることで記憶がよみがえ
り作業が進むのでは」と期待している。
入場無料。問い合わせは田村さん方TEL0796・68・0075。
尾小屋鉄道の駅舎にはめ込まれている丸印のマーク(社章)について、ご指摘ありがとうございました。
私は間違って記憶していたと思います。
尾小屋鉱山の記事を拝見しました。
鉄道駅舎に「同和鉱業」の社章が残っているとありましたが、
尾小屋鉱山は弊社の前身である「日本鉱業」の経営によるものであり、
「蛇の目」(◎のマーク)は「日本鉱業」の社章です。
現在も、「日鉱金属」がこの社章を受け継いでおります。
どうぞ、訂正方よろしくお願い申し上げます。
小生も、鉱山(歴史・文化)が好きで、鉱山会社に就職いたしました。
総務畑であり、直接に鉱山で仕事をしているわけではありませんが、
個人的関心から、貴ページをよく拝見しております。
大変立派で有り難いページで、楽しみにしております。
これからもさらなる発展を切に願っております。
日鉱金属株式会社
川口 義之
たびたびすいません。鯛生金山については、もうひとつの別のホームページも、見応えがあります。
詳しい情報は、http://www.sysken.or.jp/Ushijima/taiokinnzan.html ご覧ください。
鯛生金山のホームページをみつけたので報告します。
英語版も、なかなかのできばえです。
詳しい情報は、http://www.coara.or.jp/~taiogold/ ご覧ください。